高次脳機能障害の指定病院、また地域リハの専門病院となっている大久野病院。その医療療養病棟で口腔ケア担当の中心メンバーとして尽力しているのが、藤原さとみさんです。入院しているのは遷延性意識障害の患者さん、筋委縮性側索硬化症(ALS)など指定難病の患者さん、脳梗塞や慢性閉塞性肺疾患(COPD)でバイパップをつけて管理している患者さんなど、全部で50名ほど。小さい2段のワゴンに置ききれないほどのコップを持ってラウンドする藤原さんに、口腔ケアへの想いをお聞きしました。
患者さんの立場になっているか。いつも自分に問いかけています。
小さいころから看護師になるのが夢でした。ただ私、早くに結婚したんですね。そのために病院から離れ、保育園の看護師としてや大学の保健室勤務が長かったんです。だから、病院の中で患者さんと接した経験はごくわずか。ずっと健康な人と接する看護師でした。
その一方で、これからとんでもない高齢社会が待っているのに、私はあまりにも高齢者のことを知らない。看護師としての自分の中に、ぽっかり大きな穴が空いている気がしたんです。高齢者のことを知りたい、学びたい。そこで大久野病院への転職を決意しました。今、6年目です。
これまでを振り返って思うのは、「患者さんの立場になって口腔ケアを提供できていただろうか」ということ。そのきっかけとなったのは、黒岩恭子先生の研修会です。実習で患者役を体験してはじめて、「ケアのされ方ひとつで、こんなにもつらかったり心地よかったりするんだ」ということがわかりました。
たとえば、痰がこびりついている場合。看護師は一生懸命に取り除こうとします。私自身もまさにそうで、『モアブラシ』を使い始めたころは痰を引っかければいいと思っていました。でも、そこだけに夢中になったケアは、患者さんからしたら苦痛以外の何ものでもないんですよね。自分で使うとわかるんです。気持ちいいと感じるポイントや、口の機能を引き出すために必要な刺激とはどういうものなのかが……。
『モアブラシ』は、単に口の中をきれいにするだけの道具ではありません。刺激を与えて食べられる口を守る。患者さんの先を見つめた使い方をしていくことが重要なんです。以前の自分はそこに気づいていなかったと、ここへきて感じています。
口の健康が、全身の健康につながる。口腔ケアは“健康のバロメーター”!
在宅療養中に転倒し、脊損で寝たきりになってしまったパーキンソン病の患者さんがいます。当初は「あー」「うー」と苦痛の声しか聞こえてこない状況でした。でも、『モアブラシ』で刺激を与え続けるうちに、調子いいときには歌をうたい、話しかけてきてくれるまでに回復。「こんなにコミュニケーションが取れる方なんだ」と思うほど、しっかり声を出せるようになったんです。
現在も食事は胃瘻からの栄養補給のみで、食べることを取り戻せるかどうかはわかりません。ただ、コミュニケーションを取るための口はこれからもずっと守っていけるはずです。今の健康を少しでも維持していくケアを届けたい、という想いを強く持って取り組んでいます。
口腔ケア、それは患者さんと1対1で向き合う時間です。忙しい合間にササッとやるのではなく、お口の中を見ながら「今日は痰がすごく溜まっているぞ。もしかすると○○なんじゃないか」と思いを巡らせケアをする。つまり、患者さんを"感じる"時間なんです。同時に「もっとしっかりこの方と接していかなければ」など、日々の業務を反省する場でもあります。
ケアを提供する人がいて、受ける人がいる。そのやり取りがあってはじめて、口腔ケアは成り立ちます。一方通行であっては絶対にダメです。
何よりも、お口の健康は全身の健康につながります。口腔ケアは、まさに“健康のバロメーター”なんです。お口の中をキレイにし、刺激を与えて健康に! この願いを、これからも口腔ケアで伝えていきたいですね。
医療法人財団利定会 大久野病院
(東京都)
医療療養病棟主任看護師
藤原さとみさん