「ここで過ごせてよかった」。
入所者さんやご家族の感謝の言葉にあふれる、しゃんぐりら。
それを実現してきた背景には、すべての職員が胸に刻む2つの想いがあります。
1つは、最期まで口から食べることを諦めない想い。
もう1つは、自宅と同じような日常を味わってほしいという想いです。
「普通のことが普通にできる施設でありたいんです」と優しい笑顔を向ける高山さんに、
“食べるための口腔ケア”についてお聞きしました。
特別養護老人ホーム しゃんぐりら
(神奈川県)
ケアマネージャー・主任生活相談員
高山諭史さん
施設の役割は「日常」を提供すること
施設は、特別な場所になってはいけないんです。入所者さんに「日常の場」を提供する。それが役割だと思っています。
だからこそ、「食べる」という日常を守る必要がある。私たち"しゃんぐりら"が、最後まで口から食べてもらうことにこだわるのはそうした理由からです。だって、生きているのに食べられないなんておかしいじゃないですか。可能性があるのだから絶対にあきらめたくないんです。
私は以前、老健に4年間勤務しました。原則3ヶ月経ったら退所する老健では、「もっとしてあげられることがあったのに……」と志半ばで入所者さんを送り出さなければならないこともあります。
“自分のやりたいことをやり遂げられるところで働きたい”
“入所者さんとじっくり関わりながら、よい関係性を長く築きたい”
そう考えて特養への転職を決意しました。それが実現した今、入所者さんから親しみを込めて名前を呼んでもらえたりすると、すごく温かい気持ちになれて心からやりがいを感じますね。
しゃんぐりらに入職して大きかったのは、やはり入所者さんが最期のときまでここにいるということ。私たちは、その瞬間まで“食べる”
を支えていく必要があります。食べられなければ体調を崩し、ここでは生活できませんからね。だからこそ、口腔ケアは必要不可欠なんです。
いつまでも食べ、ずっと元気でいられる!
しゃんぐりらでは基本的に、歯のある人は歯ブラシでしっかり磨き、歯のない人はモアブラシを使っています。私たちにとってモアブラシは、もはやなくてはならないものです。口腔内の清拭はもちろん、マッサージ効果も得られますから。自分でできる方には、自分で使って歯ぐきを刺激してもらっています。それによって口腔機能の向上につながり、口の中の健康を長く保っていけるのだと思いますね。
高齢になっていろいろ病気を持つと、どうしても唾液の分泌が悪くなります。特に認知症が強く、神経科で処方された薬を飲んでいたりするとなおさらです。そんな場合でも口の中や頬をマッサージすることで、きれいな唾液が出てきます。からんだ痰を柔らかくして取れやすくしてくれるんです。
実際に食べられるようになった方はたくさんいますよ。どうしても食べられないケースでも、モアブラシにオレンジジュースなどをつけて口の中をぬぐってあげるんです。そうすることで、口腔ケアと同時に味わいも感じてもらえます。
ここにいれば、いつまでも食べ、ずっと元気でいられる。そう感じてくれたご家族は、口腔ケアに興味を持ってくれます。施設に来られた際に、進んで口腔ケアを手伝ってくれる動きも出てきました。日常生活ができなくなるのは、ご本人はもちろん、それを見ているご家族にとってもつらいことですからね。
食べられるかもしれないサインを見逃さない
私が入職したころは、誤嚥性肺炎を発症する方がとても多かったです。入所して1週間で肺炎になってしまう。そんなことも珍しくありませんでした。ただ、当時は"なぜそうなるのか"がわかっていなかったんです。"口腔ケアは食後にするもの"という感覚でしかなかったですし、職員の意識もバラバラ。口腔ケアをせずに1日を過ごす入所者さんもいました。
このままではいけない!
そこで、黒岩恭子先生に口腔ケアの指導をお願いしたんです。ご一緒させていただいて、さまざまな口の中を見る機会がありました。そして気づいたんです。直接食べることだけでなく、しゃべる機会が減ることも口腔機能が低下していく原因なんだと。つまり、声をかけて反応が返ってくるようなら、それはまだ食べられるかもしれないサイン。そんなふうに可能性を見出す力、諦めない心を持てるようになったのだと思います。
先日も病院に終末期の方の様子を見に行ったのですが、話していることはチグハグでもこちらの問いかけにちゃんと反応があったんです。
「こんなに口が動いているし、本人にも食べたいという意欲が感じられる。これなら食べられるんじゃないか」
そう思い、ご家族と相談して帰ってきてもらいました。しゃんぐりらには、口腔ケアを通じて"食べる"を支援する体制が整っています。結果としてこの方は今、その時期を脱して通常の生活を送るまでに回復。ご家族も「看取りと言われて覚悟していたけど、少しでも長く生きていてくれるのがうれしい」とおっしゃってくれています。
ご家族からの「ありがとう」が職員の財産に
介護士さんの中には食べさせて何かあったら怖いし、看取り介護なんだから食べさせなくていいと考える人もいるでしょう。でも私たちは、“終末期だから食べさせない”という考え方を捨て、"看取り介護だからこそ食べてもらおう"と頭を切り替えて入所者さんと向き合っています。
それが間違いではないということを教えてくれるのは、入所者さんのご家族です。亡くなった後に、看取り介護がどうだったかをご家族含めてカンファレンスするんですね。そのときにご家族の方から、すごく感情のこもった「ありがとう」を職員全体に向かって言ってもらえるんです。「ここで過ごせてよかった」って。本当に心が震える瞬間です。それが、職員が次に進むための財産になっています。こんなに感謝してもらえるんだから自信を持ってやろう! 職員の士気が上がるのを肌で感じますね。
食べて、寝て、楽しめて、生きているって感じられて―。それができる施設にならないといけない。口腔ケアはまさにそこ、入居者さんの"生きている実感"につながるんですよね!