今日から実践患者さん別に口腔ケアのポイントを紹介します

その人らしさを取り戻してもらうため、口腔ケアの優先順位を上げる!

「たった一人の患者さんの『お腹空いたからもっと食べたい』という言葉。
それが私たちスタッフの心を打つんですよね」
そう言って笑顔を見せる石黒さん。
患者さんとご家族の本当の願いは、病気が治るだけでなく元の生活に戻ること。
そのためには口腔ケアが絶対に必要だといいます。
「食べる人は必ず元気になりますから!」と目を輝かせる石黒さんにお話を聞きました。

石黒由希子さん

横浜中央病院(神奈川県)
摂食・嚥下障害看護認定看護師
石黒由希子さん

同じ患者さんとは思えないほど、イキイキとした印象に!

「食べることってスゴイ!」
摂食・嚥下の研修に参加したとき、そう思ったんです。ふだんは何も考えずに食べていますが、こんなにいろいろな筋肉を使い、大切な働きをしているんだなって。口腔ケアを続けていくと、その本来の機能が少しずつ出てきます。べろを動かしてみたり、抵抗してみたり、噛んでみたり……。それを見て、「これだったら食べられるな」という糸口が見つかるんです。
80代後半の女性患者さんのことは、今でも強く印象に残っています。誤嚥性肺炎で入院し、最初は寝たきりでした。やせ細り、声はかすれる程度に出る状態。カピカピに乾燥した口からは酸っぱいというか、しょっぱい臭いがしましたね。痰や汚れが黄緑色に固まってこびりついたときの、独特の「つん」とくる臭いです。
まずは2週間の禁食中、“洗浄しながらの口腔ケア”を行ないました。保湿をして、『吸引くるリーナ』で洗浄しながら乾いた痰を取り、もう一度保湿する。これを1回するだけで、臭いは明らかによくなります。ベッドの柵越しに挨拶する距離でも気にならなくなりました。声もかすれず出るようになり、「食べたい」と言ってくれたときは感激しましたね。
2週間後、スクリーニングしてゼリーを食べ始めました。昼1個からスタートしたのですが、3日も経つとディールームへ来て当たり前のように食べているんです。「えぇ~!? 今まで寝たきりだったのに」とのけぞるぐらい驚いたのを覚えています。
この患者さんのように、口腔ケアを続けて食べられるようになると、ものの1週間で見違えるほど元気に! ベッドに寝ていたころが嘘のように、“だから何?”みたいな顔をして車いすに座っていますからね。入れ歯をして眼鏡をかけたりすると、顔つきがあまりにしっかりして、その人だと気づかないこともあります。本当に同じ人とは思えません(笑)。
うまく言えないけれど、その人らしさを取り戻していく感覚というか、イキイキとした印象を受けるんです。「口からすべてが始まる」とはよく言いますが、本当にそう思いますね。

スタッフたちに力を入れて伝えている、“3つのなぜ”

もし自 分の家族が入院したとして、面会に訪れたときに口が汚れて臭ったりしたらたまりません。「ちゃんとやってもらっているのかしら……」と不安になるはず。逆にきれいだったら?その人自身を診てくれている感じがして安心すると思います。実際に口の中が「ぴかん!」みたいなときに、それを見たご家族から「今日はお口がきれいですね。ありがとう」と嬉しそうに言っていただくことも多いですよ。
スタッフ研修の中で、私が一番力を入れて伝えている“3つのなぜ”があります。
「人間は二本脚で歩く生き物なのに、なぜ背中や頭がベッドについているの?」
「なぜ寝たきりにするの? どうしてもっと車いすに座らせたり、テレビを見せたりしないの?」
「パジャマを着ているからって、なぜベッドの上で口腔ケアするの?」
よく考えてみてください。自分たちは毎朝、必ず歯を磨きます。それがなんで病衣を着た瞬間、普段やっていたことができなくなるのでしょうか。
もちろん、どうしようもないケースはあります。それでもやっぱり私が嬉しいのは、患者さんが当たり前のことを当たり前のようにしていること。トイレへ行き、ご飯を食べ、ご家族や看護師と話をしてコミュニケーションをとる。そうした日常生活の一部として口腔ケアがあるのではないでしょうか。
大切なのは、口に働きかけ続けること。それが食べられる口になるための一歩だし、その先にどんどんいろんなことが広がっていくんです。肺炎や感染症を起こしづらくなるのもそう。その人があるべき姿であるように。1つでも幸せだと感じられるように。何かを見出す手助けができれば、それが看護だと思います。

「口腔ケアが一番、体拭きが二番!」食べる人は必ず元気になります

昨年、看護局では「口腔ケアとスキンケアの強化による質の保証」という目標を掲げました。そして10名の認定看護師が、1年間かけてそれぞれ7つの領域から講義を続けたんです。私は「口腔ケアの基礎」を、皮膚排泄の認定看護師は「スキンケアの基礎」を、ほかに緩和ケア、がん、脳卒中、糖尿病、感染管理、認知症から話してもらいました。そうやって看護部が一丸となり取り組んだ結果が今、出てきているのだと思います。
とはいえ、まだまだだなと感じることもあります。それは、どうしても体拭きが先で口腔ケアが後になってしまうこと。業務が重なって忙しいのはわかります。それでも私は、「口腔ケアが一番、体拭きが二番!」とずっと思っています。「“おはよう”って患者さんの顔を見たとき、口腔内に保湿剤を塗るところから始めてもいいじゃない」って!
富士登山でいえば、今はまだ5合目ぐらいでしょうか。本当の勝負はここからです。8合目、そして頂上に到達するためには、まずはリンクナースを育て、各病棟でマスターをたくさんつくる必要があります。みんなも「口腔ケアを当たり前にする」という想いはわかってくれているはずです。食べる人は必ず元気になります! だからこそ、特別なケアとか手のかかるケアというイメージを払拭して、口腔ケアの優先順位を上げたい、上げなければいけない! そう強く思います。

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