黒岩恭子先生インタビュー

黒岩恭子先生/歯科医師村田歯科医院(神奈川県)院長

キレイにするだけでは、口腔ケアとは言えない!

イノベーション――。
黒岩恭子先生の口腔ケアは、こう言っても過言ではありません。
黒岩先生は、清潔さのみを追求する従来の口腔ケアに疑問を呈し、口腔機能の維持・回復に主眼を置いた独自の口腔ケアを考案。多くの高齢者が摂食や会話の機能を取り戻し、再び笑顔を見せるようになりました。
なぜ、新しい口腔ケアを提唱しようと決意したのでしょうか?

口腔ケアが、患者さんを苦しめている?

 20年以上前、病院、施設、在宅の患者さんの往診を始めました。そのときの口腔内のひどい状況は、忘れることができません。食物残渣が腐敗して悪臭を放っていたり、粘膜や舌がカラカラに乾燥して食事を満足に摂ることもできない方がたくさんいたのです。
「この苦痛から患者さんを解放して差し上げたい」
こう決意し、口腔ケアの研究を始めました。歯科医師とはいえ、口腔ケアは未知の領域。数多くの患者さんを診て、学ばせていただきました。そして、“高齢者の口腔ケアは、汚れを落とすだけでは不十分”という結論に至りました。必要なのは、マッサージで唾液分泌を促して乾燥を緩和したり、舌や粘膜にストレッチを入れてリハビリをすることだったのです。
そこで見直したのが、口腔ケア用品です。従来の口腔ケア用品だと、汚れを取ることはできてもリハビリはできません。それどころか、ある重大な問題に気づきました。それは、汚れと一緒に唾液も拭き取られてしまい、ケアをすればするほど粘膜が乾燥してしまうこと。看・介護者が良かれと思ってしていることが、逆に患者さんを苦しめていたのです。
どんな職種の人でも簡単に使え、清掃とリハビリを両立できるブラシを作らなければ。そう思い、開発を始めました。

口腔ケアのポイントは“咽頭”

 ブラシの開発は、順調とは言えませんでした。メーカーに掛け合っても門前払いにされてしまったり、歯科界から「成果が出るわけがない」と批判されたり。それでも開発を継続し、1999年に誕生させたのが『くるリーナブラシ』です。球状に植毛されたやわらかいナイロンの毛で汚れを絡め取ると同時に、ワイヤーのしなりが口腔内に刺激を与えます。
早速このブラシを携えて全国の病院や施設を回り、機能重視の口腔ケアの普及を始めました。訪問先では、必ずスタッフと一緒にラウンドして、その場で成果を見せています。覚醒したり声を出す患者さんの様子を目の当たりにして、初めて口腔ケアを見直す必要性を理解してもらえるからです。
私自身も、ラウンドすることで患者さんから教えられることが多々あります。たとえばある病院で、口蓋垂が見えないくらい食物残渣や痰がこびりついていた患者さん。ゴロゴロと音を立てて呼吸をし、発熱もしていました。
「『くるリーナブラシ』では対処できないのでは……」

咽頭部に詰まっている汚れの一例

一瞬こう思いました。でも白旗を上げてしまったら、患者さんを救うことができません。その場で必死に知恵を絞りました。そしてブラシのワイヤー部分にカテーテルを巻きつけ、吸引しながら喉の奥の汚れを毛先で絡め取ったのです。すると、ズルズルズルッと出てきたのは、痰や食物残渣のかたまり。すぐに呼吸がスーッと穏やかになり、夜には熱も下がっていました。 この患者さんが教えてくれたのは、咽頭のケアも必須だということです。咽頭に詰まっているものを取り除ければ吸引回数は減るし、呼吸も食事も楽になる。新しいブラシの開発に着手し、長い柄で咽頭の汚れまで絡め取れる『柄付くるリーナブラシ』を完成させました。

“生きる力”を引き出せてこそ、口腔ケアと呼べるのです

残存歯が増えるなど、時代とともに高齢者の口腔内は変化します。それに合わせて既存のブラシの使い方を変えたり、新しいブラシを開発してきました(下の表を参照)。
ブラシというハード面の環境は整えましたが、口腔ケアの提供というソフト面ではまだまだ課題が山積しています。口腔清拭でひたすら粘膜をキレイにして乾燥させている、咽頭に詰まった汚れが見過ごされている、という事例は枚挙に暇がありません。口腔ケアを担当している方には、ぜひ一度振り返ってほしいと思います。「自分の提供している口腔ケアは、患者さんのためになっているのか?」と。清掃とリハビリを両立した口腔ケアで、摂食や発話はもちろん、体や脳の機能さえ改善することがあります。患者さんの“生きる力”を引き出すとも言えるでしょう。
「呼吸が楽になった。ずっと苦しかったの」
「母が笑うなんて、何年ぶりかしら」
「この患者さんの声を初めて聞きました」
こんな言葉を患者さんやご家族、そして他職種の方々から聞いたときの喜びは、何にも変えがたいです

患者さんのセルフケアにも最適「くるリーナブラシ」「柄付くるリーナブラシ」 柄が薄くて、ブラシ部分がコンパクト「柄付くるリーナブラシ・ミニ」 ブラシ部分が綿毛のようにふわふわ「モアブラシ」「ミニモアブラシ」

※あくまで目安です。先生は患者さんの口腔内を診て、その都度臨機応変に対応しています